福嶌:
本日はお忙しい中、インタビューをお受けいただきありがとうございます。
瀬川先生はバレエとジャズダンスを教えられていますが、ご自身は何歳くらいからダンスを始められたのですか?
瀬川様:
バレエは4歳から始めました。父(※1)の教室で姉(※2)が先に習い始めて、自然に一緒にやっていたんだと思います。
ジャズダンスは高校生になってからです。その当時ジャズダンスは趣味のおばさまたちがやるような位置付けのダンスだったんですけど、やりたくて一緒に混ぜてもらっていました。
福嶌:
その後、あの有名テーマパークのダンサーオーディションを受けられて、史上最年少で合格されました。
瀬川様:
そうですね。史上っていうと、なんかあれですけど。高校3年生から受けられるので、その時に受けて。で、最年少になったっていう。
福嶌:
セガワバレエ様のホームページを拝見すると、パークに手紙を出されたとか。
瀬川様:
そうなんですよ。これがね、なかなかストーリーで。パークに遊びに行った時にショーを見て「私にもできるかも」と思ったんです。
でも、できそうだなって思う前に、素敵だなと思ったんですよね。
目の前にいる、このキャラクターさんたちの仲間になりたいなと思って。で、帰ってきてモヤモヤしていて、どうやったらなれるのかなと考えて。当時は情報もないので。それで、思いが高まって授業中に手紙を書いちゃって。
「どうやったらショーのダンサーになれますか?私は4歳からバレエを習っていて」とか書いて送ったら…。
福嶌:
返事が届いたと。
瀬川様:
はい。私が留守の時に、家にそのパークから電話がかかってきたんです。もうびっくりして。
父が「この電話番号に電話してって、きたよ」って言うので電話したら「もう締め切ったんですけれども、オーディションを受けますか?」って言われて、「はい。受けます。受けます」ということで。
エントリーシートと、トゥシューズを履いてポーズをきめた写真を父に撮ってもらって送りました。
福嶌:
それで浦安にオーディションを受けに行かれたわけですね。会場には何人ぐらいいましたか?
瀬川様:
多分百人ぐらいはいたと思います。
福嶌:
百人集まっても実際採用されるのはごくわずかな人数とのことですから、相当な狭き門ですよね。
その後、見事受かってからはどのようなスケジュールで1日を過ごされたのですか?
瀬川様:
例えばリハーサル期間は、お昼から行って、夜までレッスン。パークが閉まってからは現地でリハーサル。早朝5時に集まることもありました。
ショーがある時は、始まる2時間前に行って、自主的にトレーニングしていました。
プロなので食べ物も休憩も自己管理して、空いた時間は自由にやっていました。それで、ショーに何回か出演して帰宅していました。
福嶌:
そういうハードなプロの世界で3年間過ごされたと。
瀬川様:
パークのダンサーはもう最高に楽しくって。それまではお金を払って踊っていたのが、逆にお金がもらえるんだっていう。 踊ることが本当に好きだったので、楽しくてしょうがなくて。体は柔軟でゴムのように動くし。でもそうやっているうちに、ちょっと物足りなくなって。
福嶌:
物足りないというのは?
瀬川様:
ショーダンサーはやりがいあったけど、もっとスキルを増やしたいと思ったんですね。自分はもっともっといろんな踊りが踊れるようになりたいって。
それで、ショーの先輩に紹介していただいて、中川久美先生(※3)のジャズダンスレッスンにも通い始めました。
「パークの周りに住むと、舞台が終わって家に帰るだけの生活になっちゃうから」と言われていましたし。だから3年間はレッスンしてからパーク、パークが終わってからレッスンして帰る毎日でした。
やっぱり踊りを高めたいっていう気持ちがずっとあって。ショーに出て踊るのは大好きだったけど、もっといろんなことがやりたいなという気持ちになって。
1991年 中川久美 演出・振付「DANCING ALL THE WAY」より
(いずれも中央が瀬川先生)
福嶌:
それでパークのダンサーを辞められたんですね。
また、同時期にこちらでスタジオをオープンされてますよね。
瀬川様:
長野に帰ろうか、となったときに、父が「じゃあ自分の名前でジャズダンススタジオをやると良いよ」って言ってくれたんです。
「学んできたものを、持ち帰ったものを、今度は生徒さんにちゃんと見せる番じゃないの」って言われて、始めたのが「NAMI N.Y. DANCE COMPANY」です。
その3年後に「ハートを元気にする」という理念で「瀬川ナミ☆ジャズダンスカンパニー」と改名しました。
福嶌:
このカンパニーから、中河内雅貴さん(※4)や古川雄大さん(※5)など多くのプロフェッショナルを輩出されていますね。
ちなみに浦安のパークには何人輩出されているんですか?
瀬川様:
カンパニーを始めて2年後に合格者が出てからは、30名ぐらいはいってるかもしれない。もっとかな。
福嶌:
多いですね。
瀬川様:
今、第1号で合格した生徒は、そこで振り付けをやってるんですよ。ショーで16年踊って、その後振り付け師になって、今はメインに振り付けをしています。
福嶌:
すごいですね!
パークの他に、宝塚歌劇団への合格者もコンスタントに出されていますが、カンパニーのお名前に星が入っているのは、そういった生徒さんたちを意味しているんですか?
瀬川様:
みんなスターになって欲しいとも思っていますが、「☆」は「魂の輝き」という意味の星なんです。みんなに輝いてもらいたいっていう。ここにいるだけで、本当に一人一人が素敵なんだよっていうことです。
福嶌:
わかりました。
当店で制作させていただいた「瀬川ナミ☆ジャズダンスカンパニー」ホームページ
https://segawa-pro.com/
福嶌:
続けて、セガワバレエアカデミー様のお話をお聞かせください。
セガワバレエアカデミー様は長野県内の4つの市(上田、長野、佐久、諏訪)で教室を開かれていますが、これだけ広範囲でスタジオを展開されているのは、全国でも珍しいと思います。
瀬川先生は各教室を移動されながら指導されているのですか?
瀬川様:
はい。1時間~1時間半かけて移動しています。
佐久に行って、上田で教えて帰るとか。上田に行ってから長野に行くとか。
福嶌:
1日に複数の教室へ行くこともあるんですね。
瀬川様:
はい。大変ですがそれは仕事なので。私はもちろん、他の先生もしています。
ファミリービジネスで両親が始めたお教室で、そこで姉と私もやって、他の先生にも入っていただいて。そうすると、1つの教室だけだと、収まらなくなってきました。
父が最初、上田と小諸で始めて、佐久でも始めて、いろんな方に夢を届けて、発表会をしてっていうことがすごく好きで、その流れで今の教室があります。
福嶌:
なるほど。
瀬川様:
教室がたくさんあるのは大変ですけれど、それだけね、いろんな夢もあるし、広がりもあるし、みんなで一緒に1つの作品を上演することもできますから。
福嶌:
合同発表会ですね。
瀬川様:
はい。子どもたちの刺激になるだろうって、父も考えて。
福嶌:
ちなみに、地域によって教室の雰囲気などに違いはあるのですか?
瀬川様:
ありますね。例えば諏訪はね、元気が良いですね。上田はなんか言い方変だけど、礼儀正しくおとなしめ。町のムードってあるんです。それが多分教室にも反映していると思います。
バレエは教室ごとの発表会もありますが、ジャズの場合は全教室一緒で。発表会も全員が出演するので、そういう時に他の教室の子と友だちになったり。同い年の誰々ちゃんが上手だな、負けないぞってメラってきたりとかね。
そういうことでまた普段の教室に帰って頑張るとか。すごくいい刺激になって、追いつけ追い越せみたいな感じになっています。
福嶌:
セガワバレエアカデミー様の企業理念に「地域に住む人たちの夢をかなえるお手伝い」とありますが、詳しく教えていただけますか。
瀬川様:
バレエっていうのは夢があるけど、でも全員がプロのバレリーナにはなれない。
「じゃあ、バレエを生かして次の新しい可能性にチャレンジしよう」っていうことを大事にしています。
父が教えている時から宝塚に合格している生徒さんがいるんですよ。勧めるんですよね。「宝塚ってきっといいんじゃない?」とかって言うと入っちゃうんですよ。 そういう風にバレエをベースに、そこから派生した夢が叶って、いろんなジャンルで活躍する子がいるんです。
そのために、私たちはイベントが当たり前になっています。発表会やオーディションや、日々の努力を見てもらう場に参加してみることですね。夢を見る、夢を叶える第一歩になります。
福嶌:
それがうらやましい環境だなと思って。今の子どもたちが夢を語れる場所って少ないじゃないですか?
瀬川様:
そうですね、確かにね。本当に、夢見るのも当たり前じゃない。
先輩や近くにいる人が夢を叶えると、自分もできるような気になるんです。例えばテレビに出てる子っていうのは、同じ15歳だとしても世界が違う。 でも、教室の先輩が宝塚に入学したとか、テーマパークに受かったっていうと、同じレッスンをしているなら私たちもできるんじゃないって、みんな勘違いが始まる。勘違いとは言っちゃいけないんだけど。
でもそう思えるなら扉が開くんですね、できるかもって。同じ先生に教わっているし。いけるんじゃない?って思い始めて。
で、私も言っちゃうんですよ。「行っちゃいなよ」って。「行けるかも」って。
福嶌:
すごいです。
瀬川様:
だましてるわけではないんですよ。でも、魔法の言葉ですね。
福嶌:
言われたら嬉しいですよ。
瀬川様:
そうやって実際にチャレンジしてみる気になったら、また世界が変わっていくんですよね。結果として受からなくてもね。本気でやり抜いたっていうことで、もうレベルが1つ違う。例え目指したところに受からなくても、大学は通っちゃったりとか。それで東大に合格した子もいます。「いけるよ。いっちゃうよ」って言ったら、入っちゃう。頑張れる。面白いでしょ。
(写真左から)諏訪スタジオ様。わかりやすい入口の看板。/上田中央スタジオ様。街を歩いていると遠くからでもすぐわかる袖看板があり、壁面の大きなシルエットがスタジオを強く印象付けます。
PRiFEE 福嶌嘉洋
福嶌:
そうやって努力された生徒様たちの進路をスタジオのエントランスで発表したり、活躍されている写真を階段スペースに掲げていますよね。
バレエスタジオを運営されている方は、宣伝活動が得意ではない方が多い印象があるのですが…もちろんそれで私どもがお手伝いできる余地があるわけですが。
瀬川先生の教室は、例えば看板1つ見てもとても効果的な作り方をしていると思います。
また、発表会の時も生徒募集のポスターを貼られていたり、リーフレットを置いたりされていて。
やっぱり、発表会で興味をもって「習ってみようかな?」って思う方も多いと思うんです。細やかな広報活動をされているなと思っていました。
瀬川様:
元々宣伝広告が好きなのは父なんです。看板を作ったのも父です。全部父で。私は「そのド派手なのやめてよね」って言うんですけど。
広告が大事だってことは、父がずっと口を酸っぱくして言ってて。昔は自分で印刷機まで買って、チラシを刷ってたんです。文字はワープロで打って、ピンセットで貼り付けて。その名残で今でも「宣伝しなきゃ」「ポスター作んなきゃ」となっているんです。
夢を伝えるためには、伝える相手がいなきゃいけない。なので、その伝える相手を連れてくる。宣伝活動はそういうことですよね。その「来てもらう」ための手段を一生懸命やらなきゃいけない、と繋がっていきます。
福嶌:
なるほど。
また、後援会もしっかり組織されているようにお見受けします。
瀬川様:
そうですね。皆さんほんとによくしてくださって。基本的には発表会を運営するための後援会なんです。生徒の父母が集まって盛り上げていこうという、そういう感じで。
だから、舞台本番のお手伝いですね。舞台、楽屋の設営とかはしますけれども、チケットを売ったりはしないんです。
当日はチケットのもぎりとか、 プレゼントの受付はやりますけど、本番では必ず全員百パーセント、ゆっくり座って観ていただいています。お手伝いが無理なお家もあるじゃないですか。チビちゃんがちっちゃいとか。そういう場合は、先輩のお母様方が「いいのいいの。大きくなった時に手伝ってちょうだい」って言ってくれて。愛があるんです。それが50年の伝統のようになっています。
福嶌:
発表会では、舞台の上で3年、5年とレッスンを継続されてきた生徒様の表彰式をされていますよね。そして表彰された後、壇上で一人一人がスピーチされていました。
あれはいつ頃から始められたのですか?
瀬川様:
うーん…いつぐらいでしょう。最初は「表彰しよう」っていう流れになって、そうしているうちに「じゃあ一言ずつ話してもらおうか」っていうことになって。それも父が「そういうの良いんじゃない?」と言ったのがきっかけでしたね。
福嶌:
本当に良い場面ですよね。
瀬川様:
親御さんたちに直接感謝を述べる場でもあるの。そういう「魔法の場」です。
福嶌:
その場があることを当たり前に思っているから、皆さん、いざスピーチという時に話せるのですね。すごく自然な流れで。
瀬川様:
バレエやジャズダンスはしゃべらないじゃないですか。
余計にしゃべらせようと思ったのかもしれないです。しゃべる機会がないからね、なかなか。そんな気はします。
今ではそれが1つの励みにもなって、生徒さんも「8年表彰までは頑張る」みたいなのはあります。
スピーチする生徒様
表彰式では永年表彰の生徒様がズラリ。
みなさん晴れやかな表情で、思い思いの言葉を述べられます。
©スタッフ・テス株式会社
福嶌:
表彰されている生徒様の中には大人の生徒様もいらっしゃいました。
大人へのレッスンはいつ頃から始められたのですか?
瀬川様:
20年前から始めています。アカデミーが設立50年で、20年くらい前のOGの方から「子どもを産んだ後も、またバレエをやりたいわ」の声があったりして。最近では初心者も対象にしています。名前も「ミラクル☆バレエ」にして、バレエを楽しんでもらいたいと思っています。
今、全国で子どもが減っていますよね。多くのスタジオ様も、一時よりは生徒さんが減っています。そこで大人向けクラスに、実はすごく力を入れています。
福嶌:
バレエスタジオ様の中には、大人へのレッスンをやりたがらない…というと言い方は良くないですが、積極的に行っていないところも多いようです。子どもに教えている方がいい、という先生もいらっしゃるようですが。
瀬川様:
大人に教えるのは大変なんですよ。子どもとは違う大変さで。技術がどうのじゃなくて、結局は人だから。多分それで若い先生はあまりやりたがらないのかなと思います。
私が20年前に諏訪のお教室で大人向けクラスを始めた時も、すごく難しかったですね。人生の先輩じゃないですか、教える方たち。でもね、みなさんのはつらつとした顔を見たら続けてこられました。小さい頃にバレエを習ってみたかったっていう方に、もっと輪を広げたいと思っています。
「ぜひ1歩を踏み出してください、後はお任せください」という思いでやっています。
福嶌:
日本も、運動する文化が、例えばフィットネスクラブなどは都会から地方に広がってきていますよね。でもトレーニング人口でいえば、アメリカの20%に比べ、日本は3%台ですからまだまだ伸びる要素はあります。
瀬川様:
フィットネスに比べれば、やっぱりバレエの敷居は高いと思いますよ。
そこで、私たちの場合は「夢」なんです。「憧れていたバレエを今こそ」みたいな。「バレエを通して 新しい自分になる」とか。
「痩せたい方は来てください」じゃないんです。それでは続かない。
体を動かすだけならフィットネスで十分じゃないですか。バレエって、女の子の憧れが全部詰まってると思うんです。だから、大人の女性にこそやってもらいたいですね。
「おとなの発表会」 2022年発表会
大人向け教室「ミラクル☆バレエレッスン」
2022年「おとなの発表会」にて、
中川久美先生の作品を踊る瀬川先生。
「久美先生のステージはドラマティックでどれひとつとして同じカラーの作品がありません。久美先生の世界にすっかり魅了されました。」との瀬川先生のコメント。
福嶌:
子どもが減少してきていることに対しては、どのようなことをされていますか?
瀬川様:
子どもの減少は現実です。だからこそ告知しなきゃいけないと思います。もっと宣伝しなきゃいけない。
昔はね、バレエだよって、ちょっと広告を出したら誰か来てくれたんです。今は同じことをしてもなかなか来ない。だからこそ、理念や思いがすごく大事で、どういうつもりでやっているかっていうことを、ちゃんと訴えられれば人は集まると思います。
最近甘えてたなって、ちょっと自分で思っていて。少子化だもんねって言ってたんですよ、ここ10年ぐらい。みんなで「少子化だもん、生徒減るよね」って言ってたけど、でも小学校あるよね。クラスあるよね。子どもいるよね。
ってことは、自分たちの仕事不足でもあると思います。
あとは、子どもを取り巻く環境も変わってきましたよね。学習塾に通って、習い事も多い。一人っ子や、兄弟姉妹がいたとしても少ないから、親が全部やらせる。そういう意味で子どもは忙しい。でも、きちんとした価値を提供できれば、生き残れると思ってます。
福嶌:
中学受験が1つの壁になっています。
瀬川様:
当アカデミーでも、中学受験で塾に行っている子は多いです。バレエをしている子どもはきちんとしたご家庭が多いので、塾にも行ってるんですよ。
だから、本当の競合は塾だったりするんです。大変ですよ。でも頑張って続けていきます。
福嶌:
これからもお手伝いさせていただきます。
多彩な2022年プログラム。
2023・24年の地域別プログラム。
同じ「ヘンゼルとグレーテル」をモチーフに、イラストや文字をアレンジ。
アカデミー設立50周年のプログラム。
福嶌:
当店に、最初にご注文いただいてから7年になります。
瀬川様:
諏訪教室発表会。アカデミー創立50周年記念の発表会でした。
福嶌:
初めてご注文いただいたきっかけはなんだったのですか?
瀬川様:
はい、それはホームページのフリー素材です。人はいきなり依頼しないんですよ。校内のプリントを作っているときに、バレエのシルエットが欲しいなと思ってネットを見ていたら、フリー素材でPRiFEEさんが出してるのを見つけて「いいなこれフリーなの?」と思って使わせていただいてたんです。
結構、ちゃんと作品とリンクしたシルエットが多くて、これは使えると。その後にDMが届いて、繋がったんです。フリー素材出してくれてたところだって。それで、信頼感があったので使ってみようかなと。
元々お願いしている会社はあったんですが、デザインのセンスがすごく素敵だったので、父に相談したら「好きなようにしなさい」と任せてもらって、「ちょっと試してみようかな」ってお願いしました。
福嶌:
そうだったんですか。
瀬川様:
本当に色々なデザインがあるし、デザインも変えてくれるし、痒いところに手が届くようだし。最初は不安もありましたけど、1回お願いしたら払拭されました。
福嶌:
その後、ずっとご利用いただいていますが、当店のどんなところを気に入っていただけているんでしょうか?
瀬川様:
「こんなの欲しかったよね、私、こういうのを生徒に持ち帰らせたい」と思えるデザインを毎回作ってくださるところです。
福嶌:
それはすごく嬉しいお言葉です。ありがとうございます。
瀬川様:
「パンフレットも発表会の顔、大事だから」と父から受け継いでいるのかな。
ずっと手元に残るのはパンフレットですよね。チケットやポスターじゃない。出演者にも残るし、見に来た方にも残ります。パンフレットは思い出の価値を提供できます。素敵な発表会だったねっていう。
あとね、顔写真が明るくて綺麗でいいなと思います。生徒さんのね、お顔がすごく明るく載っている。どういう加工をしてるんだろうって思いました。
福嶌:
生徒様のお顔は、当店の基準として、なるべく明るくクリアになるように気を付けている部分です。あと、最後の印刷まで社内で一貫生産しているのもあると思います。必ず過去の印刷物を参照しますし、デザイナーと印刷機オペレーターが協力し、良いものに仕上がるよう日々努めています。
瀬川様:
そうなんですね。
1つお伺いしたいんですが、1度出していただいたデザインを直していただくのって、すごく言いづらいんですよね、実は。私もデザインを作ったりするのが好きで、自分で色々やるので、ダメ出しをされたときの気持ちが分かってしまうのですが。
福嶌:
私がスタッフに言っているのは、お客様のこのご要望は、私どもに対しての期待だと。いただいたご要望に対して、正しく、できれば期待の上をいくようなデザインをお戻しする。だから言っていただいて全然かまいません。キャッチボールしながらレベルが上がっていくのが理想的ですね。他にご要望などありますか?
瀬川様:
そうですね。私は初めにレイアウトを決めてお願いしていますけど、もし「お好きにやってください」って言ったらどうなるのかなって。原稿と素材だけ渡して何ページで作ってくださいというのは、お願いできるのですか?
福嶌:
はい。やっていますよ。
瀬川様:
多分そういうスタジオさんも多いんじゃないかなと思ってね。丸投げしてみたらどんなものできるかも面白いのかも、と思っていました。
福嶌:
私が個人的に作りたいのはオープンスペース(=余裕・余白)が沢山あるパンフレット。もちろんページ数が増えて値段が上がってしまうのでお勧めはできないんですけど。
瀬川様:
どうしても決まったページ内に、決まった内容で文字や写真をたくさん入れちゃいます。
ゆとりが必要なのは分かりますが、予算もあるしぎゅうぎゅうになっちゃう。
福嶌:
デザイナーは、与えられた条件の中で、どのようにデザインしていくかも腕の見せ所なので大丈夫です。私どもの仕事って、その中でどうリズムを出していくかだと考えています。決められたページ数の中に原稿を落とし込み、その中で文字や写真が自然に頭の中に入ってきて、見た時に心地良いか。いかに決められた条件の中で、リズムを作っていくかを考えています。
瀬川様:
リズムが大切ということですね。
また、先程アカデミーの看板を褒めていただきましたが、福嶌さんのところでも看板を作られていますよね。
福嶌:
はい。スタジオ用の看板関係と発表会当日用のゲートサインを作っています。
スタジオの看板や野立て看板は、デザインだけ当店で行って、施工はお客様のお付き合いのある看板屋さんにお願いしています。
当日用の看板は、プログラムのデザインに合わせて作っています。
舞台の上で夢の国の物語が始まるのに合わせて、夢の国の入り口も華やかにしようと考え、看板は「ゲートサイン」と名付けています。これからも夢を大切にしたものを、もっとお届け出来るよう考えていきます。
瀬川様:
楽しみにしています。
福嶌:
本日は、たくさん貴重なお話を聞かせていただきありがとうございました。
瀬川先生から、スティックを使ったポーズのレクチャーを受ける福嶌。
Photo:内藤雅子氏 フォトグラファー https://masakonaito.com/
※2 瀬川理奈氏 セガワバレエアカデミー教師。京都バレエ専門学校でパリ・オペラ座のメソッドを学ぶ。91年、ナディア・チホノバ女史に師事。95年より5年間NBAバレエ団の正団員として活躍。バレエコンクール・シニア部上位入賞歴多数。
※3 中川久美氏 振付家。ニューヨーク生まれ。ブロードウェーやラスベガスで様々な舞台に出演した、日本人ダンサーの先駆者。帰国後はテレビ番組をはじめ、宝塚歌劇、青年座、日劇、大阪万博などで多数の作品を手掛け、現在もダンサーの育成とともに活動を続けている。
※4 中河内雅貴氏 俳優・ダンサー。瀬川ナミ氏のワークショップをきっかけに、「瀬川ナミ☆ジャズダンスカンパニー」に通うため、生まれ育った広島から15歳で単身長野に引っ越す。5年間に渡り様々なレッスン・舞台・ダンス留学・ダンスコンテストにも挑戦し、講師も務めた。その後、上京し現在に至るまで様々な活躍をみせている。 中河内雅貴カオスhp https://www.kaos-office.com/nakagauchimasataka/
中河内雅貴 https://nakagauchi.com/
※5 古川雄大氏 長野県出身の俳優・歌手。「瀬川ナミ☆ジャズダンスカンパニー」卒業生。テレビドラマ、映画、ミュージカル、舞台など幅広く活躍中。
※本記事は2024年9月のインタビューをもとにして作成されています。
瀬川ナミ様
ミュージカルダンサー、振付師、TVコメンテーターなど、多彩な分野で活躍。18歳でTDLダンサーとしてキャリアをスタート。東宝ミュージカル「王様と私」(1996年〜2001年)にイライザ役で300回出演し好評を博す。松田聖子×郷ひろみ共演の「TRUE LOVE STORY」MVダンサーデュエット出演。振付師としては、安室奈美恵×ヴィダルサスーンのコラボ CM&MV「NEW LOOK(60年代編)」、CM「アムロード編」を手掛ける。
宝塚歌劇団 100周年を記念した花組公演「メガステージ・TAKARAZUKA∞夢眩」(2014年)をはじめ、宝塚全組のステージショーの振付を担当。最近では、宙組特別公演「Le Grand Escalier-ル・グラン・エスカリエ-」(2024年)の振付を手掛け、産経新聞ニュースなどで高い評価を受けている。
1992年に創設した自身のダンスカンパニーは今年32周年を迎える。質の高いジャズダンスの教授と本物志向の発表会を目指し、またプロ養成に定評があり多くの生徒をエンターテイメントの世界へ送り出している。小諸高等学校 音楽科 専任講師 ミュージカル担当。
KAOS Performers OFFICE 所属