福嶌:
今日はお忙しい中インタビューをお受けいただきありがとうございます。まず最初にお伺いいたします。スタジオをはじめられたのはいつからですか。
本間先生:
1991年の夏です。もう30年になりますね。
福嶌:
場所はこちらですか。
本間先生:そうです。今のこの場所です。それで、このスタジオを開くに当たって、ニューヨークのスタジオをひとつの模範にしようと思っていて。わざわざニューヨークに行ったんですよ。その時に留学中の十市くん(※1)を呼び出して、そしてニューヨークのめぼしいスタジオを数日かけて回りました。
福嶌:ニューヨークのスタジオ視察で印象に残ったスタジオはありましたか?
本間先生:ありました。印象に残ったスタジオは、校舎が学校の廊下のようになっていて、例えば1年1組、1年2組、1年3組のように、1組スタジオ、2組スタジオ、3組スタジオとズラズラズラ~っと続いていました。各スタジオの入口には、誰々先生っていうのが筆記体で書いてあって。そして生徒がスタジオに入っていくと、レッスンがどんどん行われて、レッスンの待ち時間は廊下でウォーミングアップしている。とても活気がありました。
福嶌:
活気があったとのことですが、その頃、東京のバレエ教室はどのような感じでしたか?
本間先生:
光が丘に限らせていただくと、団地の中の集会所に、クラシックバレエ以外にもモダンバレエとか無数にありました。一つの集会室があれば、そこにいくつもの教室が生まれていました。あそこは月曜と水曜やっていて、どこどこは火曜と木曜やっていてとか。どんどん生まれてくるという意味では、活気がありました。
福嶌:
こちらのスタジオを開かれるにあたり、考えられたことをお聞かせください。
本間先生:
僕自身が子供好きだったので、スタジオは子供向けを考えました。それで天井の高さは上げませんでした。大人向けであれば天井を壊した方がいいですけど、子供向けならジャンプやリフトはしないだろうと。それより面積的な広さを重視しました。シャワー室も最初は作ろうとしましたが、考えてみたら小さなシャワー室よりも団地のシャワー室の方が立派なんじゃないかって思いました。変に設備を作るなら、少しでもスタジオの面積を広くしたいと考えました。
福嶌:
スタジオをオープンされた後はいかがでしたか?
本間先生:
やり出して1年目、2年目、3年目は普通のスタジオでした。でも何年目かに急に生徒が集まりだして。それで今に至るという感じですかね。
児童1~6 初級
幼児クラス
福嶌:
ここで、当店についてのご感想もお聞かせいただければと思います。最初にご利用いただいてから10年がたちますが。
本間先生:
10周年ですね。乾杯しないと。
福嶌:
ありがとうございます。最初にどんな形でPRiFEEをお知りになられたんですか?
本間先生:
ダイレクトメールで案内が届いたんです。DVDとか舞台写真とか資料はけっこう来ますので、1通1通の印象は残らないのですが、中を見たら、「成増バレエスクール(※2)」って書いてあって。「成増?すぐそこじゃないか」と思って。成増にスクールがあるのかって。だから、プログラムを頼むとかではなくて、「成増バレエスクール」について知りたくて、最初は電話しました。
福嶌:
そうだったんですか。初めて伺いました。
本間先生:
説明を聞いて、謎の「成増バレエスクール」のこともわかって。その時の福嶌さんの話し声がすごく穏やかというか、アナウンサーのような感じで、それなら一度試しに頼んでみようかなと思って。
福嶌:
私の話し方がご依頼いただくきっかけだったんですね。
本間先生:
実はそうなんです。ちょっとわけがあって、印刷物の制作ができるところを探していたんですね。けっこうこだわりがあるほうなので、慎重に探していました。カメラマンの人とか、制作会社とかを変えるのって、度胸いりますよ。
福嶌:
変えるのが大変ということですか?
本間先生:
そうですね。長い間取引しているとスタジオの事をわかってもらっているし。出入りのゲストダンサーも知ってる。カメラマンの人たちと連絡を取り合ったりの結びつきも大切ですし。新しいところだと、また一から説明しないといけないし、もちろん出来上がってくるものが一番心配です。
福嶌:
ありがたいことで、その後当店を利用していただきました。
本間先生:
そうですね。でもね、福嶌さんのところは新潟県の新発田じゃない。最初は「近くじゃないんだ。大丈夫かな」と、すごく心配だったんです。今考えれば、メールもあるし、宅配便で時間もかからずに送られてきますね。そういう心配って全然いらなかったんですけど、その時はやっぱりちょっと心配だったんですよ。それで一度二度やってもらって、ここでOKだってなって。そうなってくると全面展開になって、色んな事を福嶌さんを頼りにするようになってきちゃったわけで。いろいろ頼んでますけど。
PRiFEE 福嶌嘉洋
福嶌:
先程、「わけがあって制作できるところを探してた」と伺ったのですが、もしよろしければ、どのようなことがあったかお聞かせください。
本間先生:
その時まで印刷を頼んでいた人は、すごくセンスをもっている人だったんです。話もよく聞いてくれました。けど、どんどんご自身の事業を拡大していって、今までその人にやってもらったセンスの良いものが、だんだん部下任せスタッフ任せになってしまっていきました。部下任せになっても、その人が目を通して「これならいいんじゃない」とか、それならいいんですよ。でも明らかに目を通してくれていないものが届くようになってきたんですね。
福嶌:
そうだったんですか。当店は私がすべて目を通しておりますので、その点はご安心ください。
福嶌:
せっかくですので、私どもに対してのご要望があればお聞かせください。
本間先生:
新しいことは特にありません。でもこれからも求め続けたいものはあります。
例えば、こちらのカメラマンの鈴木さん(※3)。最近は言わなくなったけど、当初、公演の写真を撮ってもらうときに、「1枚だけでいいので、良い写真をください」と伝えていました。100枚撮って100枚がすべて良いというのはありえないし、100枚中に10枚あることもない。100枚で、1~2枚すごく良いものがあって欲しいなって。いつもいつも期待しています。そしてそれに鈴木さんは応えてくれていますよね。
福嶌:
私も職業柄、沢山の写真を拝見させていただいてますけど、鈴木さんが撮った写真には特に惹きつけられますね。
本間先生:
それと同じようなことを福嶌さんに思っている訳です。
例えば、コロナ禍で駄目になってしまいましたけど、ノートルダムコンサートのポスターをスタジオ入り口に貼ってあるのは、今でも「これなんですか?」っていう人は多いんですよ。「コロナでホールが使えなくなって、中止になったんですよ」って話しているんですけど。
東京アートブリッジバレエコンクール(※4)の黒と紫の大地と夜明けのカラーのデザインとか、やっぱりそんなに簡単には毎度毎度って出てこないですよ。夜明けが良かったからって、今度はじゃあ海の夜明けにしたとしたら、それは難しい訳で。毎回そういうのを求めるってことは出来ないことはわかっています。
でも、福嶌さんと2013年からのお付き合いで、毎回ではありませんが、10年間の間に1つ、2つ、3つ、4つとコンスタントに思うようなものが出来上がってくる。今まで通りであれば今後も是非お願いしたいと思います。心配はしていないですよ。
お値段だって、そういったものであれば、どこよりも安くする必要はないですよね。
福嶌:
了解しました。良いものを作り続けることはプレッシャーではありますが、自信はありますので。
ノートルダム大聖堂
チャリティーコンサート ポスター
東京アートブリッジバレエコンクール プログラム
最初のデザイン
1番最近のデザイン
本間先生:
あとね、要望とは違うんですが、先程も少し話しましたが、センスっていうのはすごく大事で、ちょっとしたことなんですよね。
誰かの真似をするっていうのはバレエ界多いんですよ。それはインスパイアーされたと言って許されることも多いと思うんですけど。やはり「真似をしてるな」っていうのが伝わるようなものではいけないと思うんです。だけど、「オリジナルのセンス」っていうんですか、それを福嶌さんは、ちゃんとお持ちですからね。すごく安心しています。
福嶌:
デザインというのは、決して私のセンスだけで作っているのではなくって、オリジナル性の高いものほど、お客様との共同作業で生まれるものだと考えています。
例えば、東京アートブリッジでは、ネーミングの段階から参加させていただき、コンクールの趣旨や目的など伺いました。今でもデザインができた瞬間は覚えています。提出日が近いのに、デザインが暗礁に乗り上げていました。作業しているデザイナーの肩越しにモニターの画面を見ている時、本間先生の話をボーと思い出していたら、あのイメージが急に降ってきました。
光が丘ダンスアカデミー様
ノートルダムのデザインは、本間先生の熱い思いをガンガン聞かせていただいたうえで、本公演用の前段階の予告ポスターから作らせていただきました。ベースのデザインを提出してから、キャッチコピーを本間先生が考えられて、今度はそのコピーを元にビジュアルを探していきました。やり取りしながらどんどん鋭くなっていきました。東京アートブリッジの時とは違った作り方でした。
本間先生:
おかげで良いものができました。ノートルダムコンサートは残念ながら中止になり、実施予定はまだはっきりしませんが、東京アートブリッジは2022年末に予定しているので、また、よろしくお願いします。
福嶌:
はい。承知しました。
本日はお忙しい中、お話をお聞かせいただき本当にありがとうございました。今後ともよろしくお願いいたします。
〈インタビューを終えて〉
本間先生から、「センス」があるという言葉をいただきました。 しかし、私どもの「センス」はお客様との対話によって、はじめて具現化されるものです。 あらためて、私どもの仕事がお客様によって活かされていることを確認いたしました。
Photo:鈴木 隆久(ふじスタジオ)
※2 「成増バレエスクール」は当店がデザイン見本に使っている架空のスクール名。「成増駅」は、「光が丘駅」のすぐ近く(直線距離で4キロくらい)にあります。本間先生がスタジオを開かれた1991年当時、私(福嶌)は成増に住んでいました。とても暮らしやすく大好きな街だったので、デザイン見本のスタジオ名を「成増バレエスクール」にしています。
※3 ふじスタジオ 鈴木隆久氏
練馬区大泉町2-59-20
TEL 03-6807-2553 st-fuji@cj9.so-net.ne.jp
今回のインタビュー写真もお願いしました。
※4 2013年より2019年まで毎年開催されており、ヨーロッパから招聘した外国人の審査員により、参加者1人1人に公平な審査をすることで定評のあるコンクールです。
※本記事は2021年8月のインタビューをもとにして作成されています。
フェアリーバレエ代表 本間直樹様
光が丘ダンスアカデミーを運営。在籍している多数の先生と共にご自身も生徒指導に携わる。また、バレエ公演主催のほか、バレエコンクールも定期的に開催されています。